一人障害物競争

生まれてからずっと、平坦な道のりを歩んだ方は一体どのくらいいるのでしょうか。
縁あって人の相談にのらせていただいたりする中で、誰しもそれなりに登り下りやぬかるみなどの悪路、トンネル、藪や霧の中のような時期が少なからずあるのだろうと感じます。
また、今まさにその渦中にある方もいるのでしょう。
私たちの日々と人生は、さながら一生をかけて臨む障害物競走、かつ超長距離のレースのようでしょうか。
しかも、コースの障害物は走者によって様々なのでしょう。
生まれて間もなくハードな障害物が連続するレース。
思春期や青年期、ミドルエイジで心身の不調を来たすほどの障害物が現れるレース。
人生の晩年、老後に思ってもみなかった障害物に直面するレース。
どのタイミングで、どのような障害物と出会うかは誰にも予測がつかないレースで、渦中の時は「なぜこんな障害物が…」と苦しんだり悩むこともあるでしょうか。
かく言う私も、生まれながらにしてハンデを伴う人生でしたので、学童期、思春期、青年期、そして現在も、様々な場面で困難さと出会ってきました。
困難さを感じない年は一度もなかったと言ってもよいかもしれません。
ですが、障害物の乗り越えをサポートしてくれる存在や伴走者に出会うことも沢山あったおかげで、どうにかここまで歩んでこれたように思います。
昔の私はというと、今以上に未熟でしたから、周りは普通のコースを走る競争で自分一人だけが障害物競争のように感じていたのを覚えています。
でも、ふと周りをよくよく見渡してみると、大なり小なりハンデを伴って日々を送っている方の存在に気づくのでした。
目で見てわかるハンデ、見てわからない体の内部のハンデ、メンタル面、経済面、家庭面などなど。通学や通勤途中に行き交う人や、あの著名人も実は、ということにも気づきます。
「なあんだ、結構みんなそれぞれの障害物競争で懸命に頑張っているんだな」と。
最近、この障害物競走は自分でエントリーした競争なのかも、と感じています。
大して障害物競走を経験していませんが、もしかしたら、障害物に直面している方のお力になれることもあるのではと思いながら、今も自分のペースで進んでみています。
人生の折り返しを過ぎてようやく、障害物という点と点が、何だかつながってきたように感じる今日この頃です。
艱難辛苦が玉にしてくれるかどうかはわかりませんが、引き続き給水しながら、景色も味わいながら進んでみたいと思います。



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